トップ > 大友啓史&達増県知事 緊急対談

「もりおか映画祭2011」

「もりおか映画祭2011」のゲストでもあり盛岡出身の映画監督・大友啓史氏と、岩手県知事・達増拓也氏が対談。
震災後の岩手の復興のプロセスと復興後の岩手が目指すべきものは何か、また映画が復興に果たす役割とは何か、語り合っていただきました。

達増知事:ようこそ岩手へ。

大友監督:お時間とって頂きありがとうございます。

達増知事:いえいえこちらこそ本当にありがとうございます。

大友監督:昨日、もりおか映画祭が無事開幕しまして、去年、一昨年と、今回3回目なんですけれども、今年は特別な年なので深く踏み込んで参加しようかと思い盛岡へ来たんですけれども、思ったよりというと変ですけれど元気ですね。街中とか…

達増知事:そうですね。東京から来た人とか全国から来られる皆さん、思ったより元気だという感想が多いです。

大友監督:なんとなく昨日も思ったんですけど、オフシアターコンペティションというのがありまして、テーマが「震災復興」にまつわるドキュメンタリー作品ということで何作品か観させて頂いたんですね。その作品の中ですごく印象に残る言葉で、「逆境だからこそ物凄いチャンスだ」と、作品の中の取り上げられている主人公の方が話していたんですが。今3月の震災から半年くらい経って、復興の状況はどんな感じなんでしょうか。

達増知事:岩手はお陰さまで8月には避難者の方々には仮設住宅に移っていただき、仮設住宅はお盆前に完成していたんですね。それで延期されていた県議会選挙とか知事選挙が9月にせていただきまして、選挙ができるくらいまでは回復が進んでるというところです。それでその日、その日の衣食住、ぎりぎりの暮らしをしていた避難所段階から、まず基本的な衣食住を確保しつつ自立に向かって働いて稼いで行くことを考えていく仮設住宅段階に被災者の皆さんの生活は進んでいて、それで働く場所を回復していくための水産業関係の復旧や商工関係の仮設商店街を作るとか壊れた工場を再建するとか、そういったところにシフトしてきている。もう一つの流れは、8月に県の復興計画はできていて市町村ごとに「この街はこういうふうに復興させていく」とか「漁村集落はこういうふうに復興させていく」とか提示していたんですが、それをベースに今、市町村ごとに具体的な復興計画を立てているところで、だいたいできてきていて、今年じゅうには仮設住宅の次の住みかを建てていく、街を復興させるということを考えている段階です。

大友監督:復興って時間がかかるお仕事だと思うんですが、一方で風雨にさらされて暮らしている方々の生活を思うと、スピード感もとても必要とされるお仕事じゃないですか。その辺が傍目から見ると難しいんだろうな思うんですけど、どうですか?スピード感と、長期的な視野というか、プランを両立させていかなければいけないということについては?

達増知事:復興というのは長い目で進めて行かなければならないプロセスなんですが、具体的な復興のための事業というのは、短期的なものの積み重ねでありまして、被災者支援ということもまず緊急ヘリコプターで屋上から取り残された人を助け出し、必要ならば病院へ連れて行くという、それはスピーディーに対応するわけです。病院に入院しなくてもいいような人達は避難所に入って頂いてそこに食べ物や衣服などを届けるというのが次の段階。これもスピーディーにやるし、その後仮設住宅を造って移ってもらう、これもスピーディーにやる。次の住みかになるような住宅地を造成するとか、公営アパートのようなもなものをどんどん建てていくとか、早いものは来年にはどんどんできますし、そういう繰り返しですよね。緊急措置の繰り返しが長い目で見て復興になっていくと思うので、例えば漁業関係でも船を失くしても次の船が手に入ればすぐに魚を取りに行くという人達がいて、今、どんどん漁船確保でき次第魚を取りに行ってますしね、そういう意味で、ある段階というのは、短期的に復興が完了していきながら、それが全体として。県で考えているのは、3年で基本的な復興を仕上げて、3年で肉付けみたいなことをし、6年である程度復興したというふうにもって行こうと考えています。プラス2年、その次の段階に繋いでいくことを考えて8年計画にしているんですけど、基本は6年でほぼ完成。できれば最初の3年でみんなが元気になるところまでもっていこうというところです。

大友監督:なにか、復興を進めて行く上で参考にされていることとかありますか?僕ちょうどですね、3月11日の日に大阪に出張があって電車の中で地震にあったんですが、7時間電車の中で缶詰になり、それから東京に戻って5日位、ちょうど会社を辞める準備を進めていた頃でもあったんですが、やはり仕事も何も動けないものですから、じゃあ何するかって時に、溜めていた企画メモにあった後藤新平さんの企画を一生懸命書いていたんですよね。今後起こるであろう復興というプロセスを記録しながら、例えば後藤さんが実際どういう風に関東大震災から日本を復興させたかというフィクションを織り交ぜて描くということを映像化出来ないかと、早々に思いついて。勿論「復興」とかそんなことを考える状況でないことはわかっていましたし、原発騒動でそれどころじゃなくなってしまった感もあったんですが。いずれにしても、その時に盛岡出身の方から連絡があって、後藤新平を取り上げた作品を今こそ作って下さい、盛岡出身の大友さんにぜひ作ってほしいというツイートが、盛岡の人たちの間で話題に上っているという連絡を頂いたんですよね。その後藤新平じゃないですけど、やはり復興していくにあたっての基本的なポリシーとかお考えとか何かベースになるモデルケースとか、もしかしたら、おありにあるのかどうなのか。

達増知事:後藤新平方式というのは大いに参考にしています。震災発生5日後、16日の日にまさにこの部屋で災害対策本部の会議を開き、そこで関東大震災の直後には後藤新平が復興院を立ち上げるという構想を5日後に打ち上げて「今日も5日後だ」と言いつつ「今必要なんだ」というのを言って、今回の大震災後に復興構想が必要だと言うことは最初に言ったのは私だと思っているんですが、翌日の岩手日日新聞にそれがちゃんと載っているんですが、大きいプロジェクト、国を挙げたプロジェクトとして取り組んで行かなければならないことは今回もそうだと思います。後藤新平さんは大風呂敷というあだ名で、その時も大きい太い道路を造るんだとか、大風呂敷と言われたんですが、実は後藤新平さんは理系の方でお医者さんの資格を持っている方なんですね。県立病院の院長として活躍したり、衛生の分野で住民の衛生状態を丹念に調査して、調査の上で様々な政策を思いきった新しい政策をやって成功させて台湾で働いたり満州で働いたりしたんですけれども、今回の東日本大震災の津波の復興にあたっても、まず科学的、技術的調査をきちっとやった上で、そこに経済的な必要性とか社会的な必要性とか被せ街づくりのプランをやっていこうという一代方針を掲げています。首空論ではなくハードなデータに基づいて復興のデザインをしていくというところは後藤新平方式です。

大友監督:そうですか。今回もりおか映画祭で「映画を生きる力に」というテーマで掲げていて、知事はエンターテイメントもお好きでいらっしゃるからあえて聞くと、映画のようなものが必要なタイミングとか果せる役割というのをどういう風に考えていらっしゃいますか。

達増知事:私が耳にしているケースで既に被災地で映画の上映会ですね、『寅さん』を上映して物凄く感動が広がったということを聞いておりますし、内陸の映画館でコマーシャルで東北のお祭りにみんなで行こうとか、全国チェーンで展開している映画館で宮城・岩手・福島3県の知事もそこに登場してどんどん東北に来て下さいという広告を流して、そこは被災地を応援するような人達に呼び掛けるようなものを映画館で流したりという例はありますね。やはり映画というのは人の心をグイッと掴みますから、そこはひとつは癒し効果、色んな現実の苦労とか悩みとか解放してくれるというのは大きいですし、後は観終わった後、やる気になるそういう心のエネルギーを取り戻すことができるということが大きいと思います。


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